33 ジンバブエを後に |
滝を見たらザンビア側へ戻るつもりでいたが、 |
タクシーに乗ってビクトリアフォールズの街中へ 行ってみる。 |
ビクトリアフォールズホテル |
ジンバブエ側で泊まるなら ここにしようと思っていた。 |
隣にはビクトリアフォールズの駅 |
いきなりイボイノシシに遭遇。 |
貨物が停まるビクトリアフォールズ駅構内 |
こちらは橋を越えザンビアに繋がる。 |
プラットホームから見た駅舎。 |
駅名票の隅にCAPETOWN 2651Kmと書かれていた。 |
ビクトリアフォールズの街中 |
ここで中心部は終わりとUターン。 |
Uターンから3分でジンバブエのイミグレーション。 イミグレ付近にいたお猿さん。 バブーンと違って愛嬌のある顔。 |
出国して歩いてると、線路方向から音がする。 |
ザンビアからジンバブエ方面へ向かう貨物列車。 |
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長い、どこまでも続く。 |
ここまで歩いて、やっと最後尾。 |
ここまで来ると橋はすぐそこ。 交通整理のお姉さんと すっかり元気になった中国人が写真を撮っていた。 |
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バンジージャンプ台 |
その横から見る光景。 |
反対側の |
ビクトリアの滝をしばし見る。 |
やっぱり凄い。 |
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ジンバブエの大地に沈んで行く太陽。 |
街灯も無いので明るい内に戻りたかった。 イミグレーションは22時頃まで開いてるらしい。 |
ザンビアのイミグレーションが見えてきた。 明日はチョベに行くので80ドルでダブルビザを取る。 やたらとジンバブエかと聞くので、ボツワナと答える。 |
公園内の土産物屋の前では 木の実を使ったゲームをしていた。 バックギャモンに似た感じだった。 |
一度、部屋に戻る。 昼間は冷房をかけていたが、 陽が暮れると暖房が必要になる。 |
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20時前にプール横のレストランへ行く。 29ドルだったかでバッフェ。 |
サラダ |
主にビーフ。 |
ビールと赤ワインで食事をしてると、 |
「こんばんは」と女性の声。空港で見かけた日本人名のネームプレートの人、ケープタウンのガイドEさんだった。この日からザンビアに住む友人に会いにリビングストンに来ていた。ブリティッシュ・エアウェイズでの移動だったので空港で会えたらねなどと話していたが会わなかった。2日前はゲストハウスを探してるとのことだったので、空港で見かけなければもう会わないなと思っていたが、安いレートがあったので、ここに泊まることにしたそうだ。 |
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プール横のバーで酒の相手をしてもらう。 Eさんは酒を飲まない。 |
寒いので、足元に炭火を置く。 |
ビールはMOSI。 ビクトリアの滝は現地名で 「モシ・オア・トゥンヤ(雷鳴とどろく水煙)」と言う。 その後、赤ワインを飲んだ。 |
バンドもコートを着こんで真冬のように寒そう。 |
「ビクトリアの滝でガイド雇いませんでした」 (見透かされてる・・・) よくよく聞いてると、Eさんも何となくガイドが付いてきて、そのガイドがその前に日本人を案内したと言っていたから、たぶん私だろうと思ったらしい。「ひょっとして、えーと、エルビス?」 「そう、エルビス」ということだった。 それ程、多く話してる訳でもないが、ザンビア人はずうずうしくも、しつこくもなく、ボッタくるなど考えてないと思える程、観光地にしては素朴な印象。こんな印象を感じた国は今までラオスぐらいだろうか。つい、「エルビスって、好い奴だね」と答えてた。 |
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写真を撮るEさん |
撮っていたのはジンバブエ土産の 100トリリオン(百兆)ジンバブエドル札。 1枚5ドルでタクシー運転手から譲ってもらった。 2008年8月のデノミ実施5ヵ月後の1月に発行された。 その翌月2月には3度目のデノミ実施。 前月6月を以ってこの紙幣は無効となっていた。 |
明日はチョベ。また、朝が早い。 |
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